相続における「未成年者特別代理人」についてわかりやすく解説

相続における 「未成年者特別代理人」について 制度や手続き・裁判例
目次

親権者の権限

親権者である父又は母が、子との間で利益が相反する行為を行う場合には、その子のために特別代理人の選任を家庭裁判所に請求しなければなりません。

これだけでは一体どのような制度が分かりにくいですので、以下に具体例を挙げます。

夫Aが亡くなり相続が開始しましたが、相続人は妻Bと未成年の子Cの2人です。通常は相続人であるBとCとの間で遺産分割協議を行って各自の取り分を決めますが、子Cは未成年者であるため、親権者母であるBが子Cを代理して遺産分割協議をします。

そうすると、遺産分割協議は妻Bと、子Cの親権者母であるBという同一人物の間で行うことになりBが自身が全ての遺産を取得して、子Cの取り分をゼロとする遺産分割協議を成立させることができてしまいます。

円満な家庭でBがその後に遺産を子Cのためにしっかりと活用するのであれば問題は少ないのかもしれませんが、子Cが成人直前で既に自立しており、母であるBとは仲が悪くほぼ絶縁状態であるような場合にも上記にのような遺産分割協議が成立するとなると、いかに不合理なことなのかが理解できるかと思います。

特別代理人の選任

このような不合理な状況を回避し子の利益を保護するため、上記の場合、親権者母であるBは、子Cのために、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求しなければなりません。

そして家庭裁判所によって選任された特別代理人が、その遺産分割協議に限っては子Cの法定代理人となり、妻Bと子Cの法定代理人である特別代理人との間で遺産分割協議をすることになります。

それでは特別代理人の選任が必要になる「親権者である父又は母と子との利益が相反する行為」、すなわち利益相反行為とはどのようなものが該当するのでしょうか。挙げればキリがありませんので、相続に関わる以下2例をご紹介します。

遺産分割協議

冒頭であげた具体例の状況です。

被相続人が夫A、相続人が妻Bと未成年である子Cの2人の場合における遺産分割協議において、妻Bと子C(法定代理人親権者母Bが代理)の利益が相反するため、この場合は子Cのために特別代理人の選任が必要です。

またこの典型例のほか、複数の子(兄弟)の利益が相反する場合にも特別代理人の選任が必要です。

具体例は、被相続人が父A、相続人が未成年者であるBとCの場合において、親権者母X(Aとは離婚しているため相続権はない)は、子BとCの双方を代理して遺産分割協議を行うことになるため、BC間で利益が相反することになってしまします。

この場合、XはB又はCいずれか一方のために特別代理人の選任を請求しなければなりません。たとえば子Bについては通常どおりXが代理し、子Cについてのみ特別代理人Yを選任すれば、XY間での遺産分割協議となり利益が相反しないため、BC双方について特別代理人を選任する必要まではありません。

相続放棄

冒頭の例と同じく被相続人が夫A、相続人が妻Bと未成年である子Cの2人の場合において、妻B自身は相続をし子CについてのみBが法定代理人として相続放棄を行う行為については、Bは相続によって財産を得てCは相続放棄によって財産取得の機会を失うという点で利益が相反するため、理論的には子Cについては選任された特別代理人が相続放棄を行わなければなりません。しかしこの例においては、子Cのみ相続を放棄するということについて合理的な理由がなければ特別代理人の選任は認められないでしょう。

それでは上記の例で、価値のある遺産がなく借金ばかりあるような状況ではどうでしょうか。実質的に考えると相続放棄によって子Cは債務を免れ、むしろBの負担が増大することになるため、BC間で利益が相反するとはいえないと考えることもできます。

この点については「形式的判断説(外形説)(最判昭37.10.2)」という考え方があり、利益相反行為に該当するか否かについては、行為の目的や動機、それによる効果などの実質的な事情で判断すべきではなく、その行為の外形から形式的に判断されるものとされています。

すなわち上記の具体例においては、遺産に価値のあるものがなく借金ばかりあるという具体的な事情を加味して判断すべきものではなく、子Cが相続放棄によって相続分を失い、Bはそれに伴って相続分が増加するという形式的な外形のみをもって利益相反行為に該当すると判断されるため、特別代理人の選任が必要となります。

例外的に利益相反行為とならない場合

上記のとおり、親権者とその子がともに相続人である場合の相続放棄は基本的には利益相反行為にあたるとされています。

しかし上記の例において、親権者母Bが自身と子Cについても同時に相続放棄をする場合、又はB自身が先に相続放棄をした上で後にCについて代理して相続放棄をする場合については、親権者母Bが子Cを顧みず自身のみの利益を図ろうとすることは不可能であるため、家庭裁判所の実務においてはこのような相続放棄については利益相反行為にあたらないとし、特別代理人の選任は要しないものと認められています。

申立て

特別代理人の選任の請求は、原則親権者が家庭裁判所に対して申立てをして行います。

特別代理人に誰を選任するかは家庭裁判所の裁量に委ねられていますが、成年後見制度のように弁護士等の専門家が選任されることは稀であるため、一般的には子の祖父母や叔父叔母など、親族から候補者を選定した上で申立書に記載することが一般的です。

家庭裁判所の審理

冒頭の例のような遺産分割協議における特別代理人の選任の場合には、遺産分割協議案の提出を求められることが一般的です。家庭裁判所は提出された遺産分割協議案の内容に問題がないか、具体的には未成年の子について法定相続分を確保した内容となっているかを審理します

法定相続分を下回る場合には、その合理的な理由があるかどうかという観点から審査がなされ、場合によっては家庭裁判所より遺産分割協議案の変更を求められる場合もあります。

また特別代理人の人選については、特別な資格は不要であり、高度な法律知識等が求められるものでもないため、基本的は申立書に記載された親族等を選任する方向で手続が進むことが多いと思われます。

特別代理人選任の審判

1か月程度の審理期間を経た上で、特別代理人選任の審判がなされます。
審判の内容については、ただ特別代理人に選任された旨の内容にとどまらず、遺産分割協議案が添付された上で当該遺産分割協議案を成立させる権限に限る内容で選任される審判例も見受けられます。

この審判手続については、あくまで特別代理人の選任のみに関する手続であるため、選任後の実際の遺産分割協議や登記手続について裁判所が関与することはありませんので、遺産分割協議終了後に家庭裁判所への報告等は不要となります。

家庭裁判所の選任に対する批判

先述のとおり特別代理人の人選については、基本的に申立書に記載された親族等の候補者を選任する方向で手続が進められ、成年後見制度のようにその者の職務遂行能力を調査し、候補者である親族を除外して必要に応じて専門職を選任するなどといった運用は一般的にはなされていません。

よって親権者である申立人に近しい人物が選任される場合がほとんどであり、子の保護のための実効性が欠けるとの批判もなされています。

制度の理想からいえば、子の財産状態、家庭環境などに通じた人物を選任されることが求められますが、家庭裁判所においてこのような条件の適任者を探すことは事実上不可能であり、申立人の推薦に依存してしまう実情となっていますが、これでは申立人の意に沿った人物が推薦されるのは当然であり、特別代理人は実質的に親権者の影武者のような立場になっている実情があります。

特別代理人の職務

特別代理人は子の包括的な法定代理人となるものではなく、あくまで特定の行為についてのみ個別的に選任されるものです。よってその権限の範囲は家庭裁判所の審判の趣旨によって定まります。

特別代理人は権限の範囲内で法定代理人であると同時に、子に対して善良な管理者の注意義務を負っています(民法644条)。特別代理人選任の審判においては遺産分割協議案が引用されることもありますが、そのような場合においても当該遺産分割協議案について責任を負うのは家庭裁判所ではなく特別代理人とされています。

よって、特別代理人は家庭裁判所に選任されたからといって漫然と当初の遺産分割協議案のとおり協議を成立させて良いものではなく、記載された遺産の内容が正しいか、当該内容が真に子の利益に適っているものかなど必要な調査を行う必要があります。

実際にあった事例で、未成年者の特別代理人に選任された弁護士が、必要な調査を怠ったとして損害賠償責任が認められ、約1000万円の支払いが命じられた事例があります。

以下、裁判例を引用します。

【以下、裁判例】
【前略】そして、このような事実が明らかになれば、変更後の遺産分割協議書は原告にとって不相当な内容であると判断されるはずである。そうすると、被告としては、このような遺産分割協議を成立させてはならなかったといえる。しかるに、被告は、Aの遺産についてさしたる調査をせず、●●弁護士から要請されるままに特別代理人ヘの就任を了解し、家庭裁判所の審判を経て変更後の遺産分割協議書に署名捺印したのであるから、特別代理人としての善管注意義務に違反したといえる。したがって、被告は、変更後の遺産分割協議書が成立したことによって原告に損害が生じた場合、これを賠償すべき不法行為責任を負うというべきである。


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